TOP > 学園の理念 > 学園綱領 人間たれ

2019-07-03

【茶器/茶道具 抹茶茶碗】 黒茶碗 鷹ケ峰焼き 銘「華の峰」 久田付 倉本寿山作(鷹ケ峰窯) 二重箱/外溜塗 【smtb-KD】
サイズ約直径11.6×高8.6cm
作者倉本寿山作(鷹ケ峰窯)
久田付
木箱(二重箱[外箱溜塗])
注意楽焼の釉薬は酸に弱いことがあります。
楽焼の粘土は粗い目の素地を使用しています。
  (野棒中・398000)
【コンビニ受取対応商品】

抹茶茶碗 黒茶碗 鷹ケ峰焼き 銘「華の峰」 久田付 倉本寿山作(鷹ケ峰窯) 二重箱/外溜塗

抹茶茶碗 黒茶碗 鷹ケ峰焼き 銘「華の峰」 久田付 倉本寿山作(鷹ケ峰窯) 二重箱/外溜塗

【久田家】
 久田家は3代宗旦の娘の嫁ぎ先で利休の血筋であり、家元が途絶えそうになった場合、久田家から養子で入っています。
 久田家の庵号は半床庵(は んしょうあん)といい、3代宗全による二畳中板の茶室を指す。

【久田家歴代系図】
【初代 宗栄 生々斎】
1559年〜1624年3月6日 俗名は久田新八房政
 (利休の甥か?)
【2代 宗利 受得斎】
1610年〜1685年11月7日 本間利兵衛
 (千宗旦の娘クレの夫、藤村庸軒の兄)

【藤村庸軒】(宗旦の四天王の一人) 千家とつながりの深かった久田家初代の久田宗栄の次男で、呉服商十二屋の藤村家に養子に入ったとされる。
 薮内紹智に茶の湯を学び、小堀政一(遠州)、金森重近(宗和)からも教えを受ける。のちに千宗旦のもとで台子伝授を許され宗旦四天王の一人に数えられた。
 没後、荻野道興の編集により『庸軒詩集』が1803年(享和3年)に刊行された。
【3代 宗全 徳誉斎】
1647年〜1707年5月6日 元は本間勘兵衛と称した
(宗全は手工に秀で、炭斗の宗全籠等、茶碗・茶杓に優品物が多数あります。)
【4代 宗也 不及斎】
1681年〜1744年1月13日 宗全の甥
<4代不及斎には二男あり、理由は不明ながら次男の宗悦が半床庵を継嗣した。>

【高倉久田家歴代】
【5代 宗悦 凉滴斎】
1715年〜1768年4月26日 不及斎の次男
【6代 磻翁宗渓 挹泉斎】
1742年〜1785年7月24日
【7代 維妙宗也 皓々斎】
1767年〜1819年11月29日
【8代 宗利】
不詳-1844年6月30日 養子、元は関宗厳と称した
【9代 一乗宗与】
不詳-1862年8月24日 住山楊甫の孫

『住山家』とは、
  住山 楊甫(すみやま ようほ)は、初代(?〜?)
  表千家6代目宗左の門人。姉は、7代目宗左の妻
  2代(1782〜1855)天明2年〜安政2年 初代楊甫の養嗣子
  表千家9代了々斎の死後、幼い吸江斎の後見人になる
  一乗宗与(〜1862年8月24日)〜文久2年 高倉久田家9代目
  (住山家八代云々斎楊甫の孫。幼名は岩之介)

【10代  宗悦 玄乗斎】
1856年〜1895年4月24日
(表千家10代吸江斎の子で皓々斎の孫)
【11代 守一宗也 無適斎】
1884年〜1946年9月13日
【12代 宗也 尋牛斎】
1925年〜2010年10月22日
 大正14年(1925)京都生。名は和彦、11世無適斎宗也の長男。
 京大史学科卒
【13代 宗也 得流斎】
1958年〜2011年10月13日 当代
----------
【12代 宗也尋牛斎】
1925年〜2010年10月22日
 大正14年(1925)京都生。名は和彦、十一世無適斎宗也の長男。
 京大史学科卒

楽家の初代長次郎が千利休の創意を受けて造った茶碗で黒楽の釉・けずりで形を整えた!!
熱を伝えにくい土の美・お湯が冷めにくい性質と色彩的にも緑の写り具合が大変よく、まさにお茶のために作られた茶碗。
<五山の口造りで幽玄の世界を表現>しています。

利休の命により、初代長次郎が作った理想の茶碗であり、二代目常慶が豊臣秀吉より楽の字の印を賜わる。楽家の脇窯の一つに金沢の大樋焼(飴楽)があります。現在多くの陶芸家による写し物の茶碗がある。

  成形のぐあいを作行きといい、まず手にとって眺めて全体を見る、感じることが大切。
 作者印のある高台は見どころの要です。土味は土の色合い。硬軟を知り陶工の手腕をあらためます。井戸茶碗をはじめ高麗茶碗や唐津に多い竹節高台や三ヶ月高台や割高台がある。
送料無料
表千家 久田宗匠書付